気候政策の転換

2022年05月

著者:Susan Leiby

世界は2015年のパリ協定の野心的な気候変動目標の達成に継続して失敗しており、ロシアのウクライナ侵攻による燃料不足と価格高騰が努力をより困難にしている。しかし、この戦争は政策転換を促すものでもあり、欧州はそれを主導している。

気候政策の転換

 

世界は2015年のパリ協定の野心的な気候変動目標の達成に継続して失敗しており、ロシアのウクライナ侵攻による燃料不足と価格高騰が努力をより困難にしている。しかし、この戦争は政策転換を促すものでもあり、欧州はそれを主導している。

地球温暖化の影響が深刻化し、炭素排出量削減の緊急性が高まる中、各国は気候政策に本腰を入れて取り組むようになっている。世界は2015年のパリ協定が設定した野心的な気候目標の達成に至らず、ロシアのウクライナ侵攻による燃料の不足と高価格が化石燃料の段階的廃止を困難にしている。しかし、この戦争は、よりクリーンでより安全なエネルギー供給への移行を加速するために、欧州主導の政策転換をもたらしている。新しい気候政策は、エネルギーの生産と流通、輸送、製造、農業など、世界経済の主要分野の急速な再構成につながる可能性がある。

国連気候変動に関する政府間パネルによる気候変動緩和に関する最新の報告書は、地球温暖化を許容可能なレベル(産業革命以前のレベルから気温上昇1.5°C)に抑えるために、各国は2030年までに炭素排出量を全体で約43%削減し、2050年代初頭までに大気への炭素排出をネットゼロにしなければならないと警告している。現行のエネルギー政策では、2030年までに世界の炭素排出量はわずか数ポイントしか削減できず、今世紀中に約2.4°Cの地球温暖化に至ると予測される。

それでも世界のGDPの90%以上を占める国々は、今世紀半ばまでに炭素排出量ネットゼロを達成することを表明している。欧州連合とその加盟国の一部、日本、韓国、カナダ、ニュージーランドは、ネットゼロの目標達成を法的にコミットしており、インフラとR&Dへの支出を増加させてそのコミットメントを後押ししている。他にも中国や米国を含む多くの国々が完全に脱炭素化することを公約(拘束力はないが)としている。

気候変動対策を直ちに加速させるための信頼できる政策の導入は、各国が実際にネットゼロ目標を達成するために必要である。世界は、義務化や補助金による後押しを受けて、いくつかの領域で脱炭素化への大きな進歩を遂げている。しかし、Climate Action Trackerの分析によると、地球の気温上昇を1.5°Cに抑えるために必要な40の気候指標はいずれも進捗のペースが遅れている。進捗の遅れについて具体的な例を以下に示す。

  • 石炭による発電の段階的廃止(または炭素回収と貯留の実施)は、目標達成の軌道に戻すために5倍の速さで進めなければならない。樹木被覆率の増加、低排出ガス燃料の割合の増加、沿岸湿地の回復は、3〜12倍の速さで行う必要がある。
  • 世界のセメントおよび鉄鋼生産の炭素集約度の低減は、目標達成の軌道に戻すために段階的な改善が必要である。産業部門の電力利用の増加、作物の生産性の向上、反すう動物の肉の消費の削減も遅れている。
  • 自家用車による旅行の割合、森林伐採、農業由来の温室効果ガス排出量など、いくつかの指標は改善するどころか悪化している。

欧州は、積極的な気候政策の導入において世界をリードしてきた。ウクライナでの戦争がもたらした化石燃料供給の混乱によってEU諸国はエネルギー政策を再評価しているが、EUのエネルギー自給のための今後の計画は、短期的にはロシアの石油と天然ガスの輸入を打ち切ることが焦点となるだろう。長期的には、再生可能エネルギーとグリーン技術の拡大を劇的に加速させることを目指すだろう。しかし、経済優先事項が化石燃料の段階的廃止の必要性と衝突しているため、新しい政策の具体的なスケジュールと道筋は不確実なままである。欧州の政策の具体例を以下に挙げる。

  • ドイツ政府は、ロシア産ガスへの依存を解消するために、2035年までに再生可能エネルギーへの完全な移行を進める計画を発表した。しかし、ドイツ産業の競争力の基盤となっている安価なロシア産エネルギーへのアクセスを遮断するという政府の本気度について、懐疑的な声が高まっている。
  • 英国政府は同国の天然ガスへの依存を断つ計画を発表したが、エネルギー効率を無視し、再生可能エネルギーよりも高価な新しい原子力発電を支持する決定を疑問視する声が多く上がっている。英国政府はまた国内の石油・ガス生産の拡大にも扉を開いている。

世界が実質的により積極的な気候政策を直ちに実施する可能性は低く、地球の気温上昇を1.5°Cに抑えることは達成不可能な目標のように思われる。多くの国は、世界経済にとって深刻な脅威となる最悪の気候シナリオを回避するために、長期的な政策を強化する可能性が高い。しかし、将来は不確実であり、状況の変化は別の結果を引き起こす可能性がある。気候政策の将来を変化させる可能性のある事象の例を以下に示す。

地政学的変化
ウクライナ戦争の激化やその他の世界的な紛争は、国際関係をさらに混乱させ、新たな制裁や貿易圏の形成を推進するかもしれない。化石燃料の不足と価格ショックの深刻化は、エネルギーの安全保障を強化するための再生可能エネルギーおよび原子力への国家のコミットメントを加速する可能性があるが、現在のサプライチェーンの混乱や重要な原材料の不足は、新しいインフラを迅速に構築する取り組みを複雑にする可能性がある。

政治的逆転
政治的な逆転は気候変動対策を遅らせ、各国のそれまでの気候政策の公約を覆す可能性がある。例えば、2021年、スイス国民はより高いエネルギー価格を支払うことに反対して、炭素税廃止に投票した。また、米大統領Joe Bidenは最近、ガソリン価格引き下げの政治的圧力から公有地における石油・ガスのリースを再開する計画を発表し、気候関連の選挙公約を覆した。米国とフランスで予定されている選挙は気候政策の大きな逆転につながる可能性がある。世界最大の炭素排出国である中国は、再生可能エネルギーの生産能力を拡大しながらも、経済の拡大を支えるために石炭の使用を倍増させている。

深刻な気候への影響がもたらす動機
気候災害の発生率の上昇は、エネルギーサプライチェーンの新たな脆弱性を露呈させる可能性がある。ますます深刻化する気候への影響は、世界が最早地球温暖化のシステミックリスクを負う余裕がないため、政府や国民が炭素排出量を削減するためのより迅速な行動を取るよう促す可能性がある。

対象を定めた政策の導入
カーボンプライシング政策やその他の対象を絞らない気候政策は有効かもしれないが、多くの消費者に馴染みのない、より高価な低炭素技術を取り入れるよう促すには不十分だろう。技術の急速な導入を促進するためには、ヒートポンプや電気トラックなどの技術に対する著しい財政的インセンティブが必要かもしれない。

技術革新の出現
技術革新(特に脱炭素化が困難なエネルギー部門において)は、政策の実施コストを削減することによって、より積極的な気候政策を促進する可能性がある。(英文)