地球温暖化、政情不安、国際貿易の変化、資源不足など、さまざまな要因から世界中の食料システムに重大な混乱が生じるリスクが増大している。それと並行して、世界的に食料需要が増加し続けている。食料安全保障は社会の進歩を促し、経済競争力を強めるための基本要因である。歴史を振り返ると、食料危機は戦争や政治革命など、地政学的な不安定性につながっている。食料システムのレジリエンス(強靭性)を追求する努力は、食品・飲料業界および農業の変革を促進する可能性がある。
国連の世界食料安全保障委員会(CFS)の定義によれば、食料安全保障とは、すべての人が、いかなる時にも、活動的で健康的な生活に必要な食生活上のニーズと嗜好を満たすために、十分で安全かつ栄養ある食料を、物理的、社会的および経済的にも入手可能であるときに達成される状況である。専門家の予測によると、食料安全保障の危機は今後さらに頻発するとともに深刻化する見通しであり、豊かな国でさえも例外ではない。この問題に対処すべく、食料安全保障危機からの迅速な回復を優先事項として、食料システムのレジリエンス実現をめざす複数の取り組みが進められている。
食料システムのレジリエンスに向けた取り組みは今までのところ、地方自治体および国家政府のレジリエンス計画や防災計画に、食料安全保障を盛り込むよう動機付けることに重点が置かれている。国レベルおよび国際レベルの非政府組織(NGO)でも、同様の取り組みが行われている。例えば、米国のJohns Hopkins UniversityによるFood System Resilienceプロジェクトの目的は「住民の食料安全保障を脅かす危機に、地方政府がより効果的に備え、これに対応し、未来に向けて安定した食料供給を確保できるよう、エビデンスに基づいた技術的な支援とリソースを提供すること」である(https://clf.jhsph.edu/projects/foodsystem-resilience)。
先進諸国の政府は、国家的な食料戦略の一環として食料システムのレジリエンスを掲げている。例えば日本の農林水産省は 2021 年、食料システムに関連する国連の持続可能な開発目標(SDGs)に呼応した持続可能な食料システムの戦略に、食料システムのレジリエンスを組み入れた。covid-19 パンデミックとともに発生したサプライチェーンの途絶や食料価格の高騰は、先進諸国の政府が食料システムのレジリエンスに関心を強める契機となった。例えば米国農務省は 2021 年、パンデミック中に露呈したサプライチェーンの脆弱性に対処する目的で、食料システムのレジリエンス強化に 40 億ドルを投資する方針を発表した。
政府と NGO による食料システムのレジリエンスへの投資が短期間のうちに活発化するのはほぼ確実であり、それに触発されて民間投資も促されるだろう。さまざまな解決策が出現しても、結局は食料システム・ショックに対応できないリスクが十分にある。こうしたショックは、現時点におけるプランナーの予測よりはるかに深刻で、はるかに多くの発生源から起こる可能性がある。しかし未来は不確実であり、状況の変化によって別の結果が引き起こされる場合もある。食料システムのレジリエンスの未来を変形させる可能性のある、起こりうる事象の例を以下に示す。
食料システムのレジリエンスに関するコンセンサスに基づいた定義の出現
食料システムのレジリエンスに影響する、さまざまな要因の相互作用をモデル化するデータおよび手法の開発
食料の生産または流通の永続的かつ深刻な混乱
新しい食料生産テクノロジーによる破壊的な変化
20 世紀に起こった工業型農業の世界的な普及は、全世界の食料安全保障に劇的な好影響を及ぼしたものの、すべての人に、いかなる時も完全な食料安全保障がもたらされるには至っていない。今なお世界全体で数億人が食料不足に苦しんでいる。米国のような富んだ国でさえも、全人口の中で安定的に食料を入手できていない人々が占める割合はかなり大きい。食料システム・ショックが起こったとき、最も被害が大きいのは既に食料不足に陥っている人々である。
20 世紀に起こったような規模で、農業の生産性をさらに大きく向上させる容易な方法は存在しない。逆に、食料の生産は年月の経過とともに難しくなる可能性が高い。農業の生産性を高める新しいテクノロジーは、農作物への投入原価の高騰や、地球温暖化による悪影響など、さまざまな要因による課題への対応に苦戦を強いられるだろう。食料システム・ショックが今まで以上に日常化するとともに深刻化し、食料不足を経験したことのない人々も含めて、より多くの人々に影響を及ぼすのは必至である。食料システム・ショックの可能性が高まる一方で、食料不足の問題に対する新たな解決策として、垂直農法や合成タンパク質の生産といったアプローチが出現している。これらのアプローチは穀物生産の不足を直接補うものではないが、家畜の餌としての穀物所要量の削減に貢献し、それによって今後起こりうる複数の穀倉地帯における不作の影響を軽減する可能性がある。垂直農法は、健康に良い野菜や果物を都市で自給自足しながら、食料輸送システムの途絶に対する都市の脆弱性を減少させるうえで有益と考えられる。しかし、こうした新しいアプローチによって実際に食料システムをどれほど強靭にできるのかは、依然として非常に不明確である。(英文)